【あれ?こんな歴史があったの?】インド・パキスタン・バングラデシュの歴史

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ん?インドとパキスタンってどんな関係なんだ?

先日インド・パキスタン旅行をしてから、地図を見てふと疑問に思いました。

インドの東側にバングラデシュがあって、
バングラデシュを超えた離れ地にインドがあるということ。

GoogleMap上だと「バングラデシュ」の「シュ」の部分らへん。

そして、インドのアムリトサルにあるパキスタンとの国境、ワガボーダー。

このワガボーダーには、夕暮れ時に式典があります。それは各国の武力を示すものなのかもと思いました。
こんなことがあったので、インドの歴史を調べてみました。

式典はこんな感じ。手前がインドで、奥がパキスタン。

P9150090

また、その周辺を。
なんで、バングラデシュはインドのところにあるのか、そして、パキスタンとの関係は?に焦点を当てたいと思います。

念頭に置きたいのは、インドはヒンドゥー教で、パキスタンとバングラデシュはイスラム教です。

各宗教の始まり

インドにいまだに残るカースト制度。これは、バラモン教のものになります。

バラモンという司祭階級が偉いんだーと威張るので、人々の心は離れました。
これがのちの、ヒンドゥー教となるわけです。

また、バラモン教を批判する対抗勢力としてジャイナ教ができます。

インドが分裂状態になったとき、秩序をもたらすのがイスラム教の勢力。
新たにできたムガル帝国の皇帝が、イスラム教を広げたいと考えます。

ただ、イスラム教は「一神教で平等」(一神教=神は一人しかいない) 、ヒンドゥー教は「多神教で身分がある(カースト)」という相対する宗教なのでうまくいきません。

その後、イギリスの植民地になっていきます。

イギリスの支配下において

イギリスの支配下にインドが置かれ、インド人は不満を高めます。
インド人の不満が高まると、イギリスに対し反乱がおき、
イギリスは何とかしようとインドの宗教に目を付けます。

先ほども話した通りインドにはヒンドゥー教イスラム教があり、これを利用してうまく仲間割れさせます。

ベンガル州というイスラム教の人が住む地域は、
独立したいという考え方が強く、イギリスは仲間割れのため州の自治を認めるようになります。

これが東ベンガル、のちのバングラデシュとなる。

そうすることで、ヒンドゥー教は反英的イスラム教は親英的という構図が仕上がります。
そして、第一次世界大戦の時、イギリスが手を貸してくれたら自治権を獲得できるよというので
インド人出兵。しかし、勝ったのに約束を守ってくれず反乱がおこります。

この時アムリトサルで、抗議集会をしていたインド人に対し、イギリス人は武力で制圧
ガンディーが抵抗するのもこの時です。イギリスへの不満は高まるばかり。。。

パキスタン独立

イギリスによって仲間割れを引き起こされたイスラム教はインドから分離し、独立。
これが、パキスタンという国になります。

東ベンガルもパキスタンから離れていますが、飛び地のパキスタンという風になっていましたが
経済格差により東ベンガルがバングラデシュという別の国になります。

まとめ

自分が回った国にこんな歴史がったということはすごく興味深いものでした。

特に、アムリトサルのモニュメントがあったのですが、それが実はイギリスにより武力で制圧されたのを嘆くものでした。それを知らずにただ歩いてました。

まだ、インドとパキスタンの国境は定まっていないところもあり、いまだ戦闘中。カシミール地方というカシミアの産地ですね。大体GoogleMapの点線のところです。

世の中は平和のように見えて、まだまだってところ。
平和になったのもまだつい最近のこと。

世界の皆が理解しあえる世の中になれたらなって思います。

そうすれば、安心して旅行ができるから。そしたら、そのいいところを伝えていきたいです。

今回のお話は下記に表示してある世界史の教科書を参考に、まとめました。
とても勉強になるので、ぜひ。

 

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