常識からは常識しか生まれない!?非常識からは想像を超える結果が待っている。

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セブに留学して、2日目にしてコースを変えたという話は下記の記事の通りです。

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そうなんです、決断が早いということなんですね。自分にとって何が必要なのか、それに対し自分が違うなーなんて思ったらさっさと変えてしまうのがいいんじゃないかって話でした。そうすることで、フットワークが軽くなり、いろんなことにチャレンジすることができますよっていう点もメリットとしてあります。

 

自分が現地日本人スタッフにコースを変えたいという話をしたとき、こういいました。

「コースを変えてもジムのトレーニングを教えてほしい、そして、ジムに行きたいからこの時間には授業を入れないでくれ。」と。

さて、彼女はなんて返答したでしょうか。

「コースを変えたら、コーチは教えることができません。ほかの人に教えるからです。また、授業の時間は先生の空き次第なので指定することはできません」という返答でした。

 

ま、そんな風に言われ、コースを変えるのを受付(先ほどの女性とは違う)にこの時間に授業を入れないでほしい。と話したところ、わかった、そうコメントを残しておくからとすぐその申込用紙に記載してくれました。

 

結果として、自分が入れてほしくない時間に授業は入らず、そして、ジムではいまだにコーチは自分の専門で教えてくれます。

つまり、自分は自分が望む最高の形で条件が整ったということです。

 

別に彼女を否定するわけではありませんが、彼女の発言は”常識的”な発言だったでしょう。企業としては正しい答えだったかもしれません。多分、自分がそうなんかーじゃあそうするしか、、、なんて思い、受付になんも言わなかったら結果として入れてほしくないところに授業を入れられていたかもしれません。つまり、常識的な行動には常識的な結果しか残らないということ。

 

でも、自分の”非常識”な行動のおかげで、”非常識”な結果ですが、自分の思う最高の条件になったというのは事実なのです。

 

結論を言えば、常識からは常識しか生まれない。非常識からは非常識も生まれる。ということ。

もちろん、非常識な行動をすれば失敗することもあります。しかし、常識からは常識的な(想像できる)結果しか生まれないのです。彼女の発言に従えば、いまの状況は考えられないものなのです。

だったら、どっちがいいですかね。って話です。